大学の窓口で学生と日々接していると、ふとした違和感に気づくことがあります。
たとえば、いつも元気に挨拶していた学生が、最近ぱったり顔を見せなくなったり、出席しているはずの授業に名前が見当たらなかったり。メールの返信が途絶え、電話もつながらない──そんなとき、私たちは胸の奥で「何かが起きているのではないか」と感じます。
その違和感の正体は、多くの場合、「心が折れかけている学生」が発している、かすかなSOSです。
この記事では、大学職員として日々の業務を通じて感じた「心が折れそうな学生」への支援の可能性について、実例を交えながら考えていきます。

学生の「異変」は静かに始まります、、!
自由の裏にある、孤独とプレッシャー
大学生活は自由でのびのびしている──そんなイメージを持たれることも多いですが、その自由は「自己責任」の連続でもあります。誰もが自分の意思で時間を使える反面、すべての選択とその結果を引き受けなければならないというプレッシャーを、学生たちは静かに抱えています。
近年では、単位取得の遅れや再履修の連続に悩む学生、人間関係に行き詰まり孤立感を抱える学生が少なくありません。SNSでのストレスをきっかけに心が不安定になるケースもあります。経済的に厳しい状況の中、奨学金とアルバイトでギリギリの生活を続けている学生も多く見られますし、家庭内の不和や過干渉、ネグレクトといった問題に直面している学生もいます。
さらに、将来に対する漠然とした不安、自分の強みが分からないことによる自信の喪失など、精神的な不調を抱える学生は決して少なくありません。これらの要因は複雑に絡み合い、学生自身が「何がつらいのか」を明確に認識できないまま、心が折れていくのです。
職員が気づく“予兆”とは
心の不調は、いつも突然のトラブルとして現れるわけではありません。むしろ、日常の中にひっそりと現れる小さな変化こそが、その予兆であることが多いのです。
たとえば、メールの返信が極端に遅くなったり、内容が極端に簡潔になったりといった違和感。また、面談の予約を何度もキャンセルしたり、書類の提出にミスが目立つようになったり。窓口に来ても反応が薄く、無表情なまま立ち尽くすような場面もあります。
こうした些細な変化は、単なる不注意や忙しさのせいかもしれません。しかし同時に、何かが少しずつ崩れているサインかもしれない──そんな視点を持つことが、支援の第一歩になります。
「困っているけど、相談できない」学生たち
「何かあれば相談してください」──これは私たち職員が日常的に使う言葉です。しかし実際には、本当に困っている学生ほど、なかなか相談に来られないという現実があります。
相談をためらう理由はさまざまです。「迷惑をかけたくない」「どうせ相談しても変わらないと思っている」「弱いと思われたくない」「怒られるのではないかと不安」「自分の状態をうまく言葉にできない」。このような気持ちが学生たちの中に渦巻いています。
特に真面目で責任感の強い学生ほど、自分の不調を“怠け”だと誤解し、限界を超えてもなお我慢し続けようとする傾向があります。その姿勢ゆえに、私たちの目に映るのは「一見、普通」の学生なのです。
制度はあっても、届かない理由
大学には、学費の分納や猶予、修学支援、カウンセリング、学生相談室、キャリア支援など、多くの制度が用意されています。けれども、それらが学生に届かないという問題は根強くあります。
支援制度の存在自体を知らなかったり、使い方がわからなかったり、制度を利用すること自体に「ハードルの高さ」を感じていたりする学生は少なくありません。特に精神的に余裕をなくしている学生ほど、自ら制度にアクセスするエネルギーが残っていないのです。
支援は「ある」のではなく、「届ける」もの。制度設計とあわせて、「どう届けるか」が重要なテーマになります。
職員にできること:制度の運用に“温度”を持たせる
事務職員の役割は、制度を正しく運用することにあります。しかしそれだけではなく、「その制度をどうやってその学生に届けるか」を考えることも、私たちの重要な仕事だと感じています。
たとえば、学費の未納が続く学生に対して、頭ごなしに注意するのではなく、まず「話す機会」を設けること。通知書だけでなく、直接声をかけることで来室を促したり、休学や学科変更などの選択肢を丁寧に説明することで、学生が自分の状況を冷静に見つめ直せるようにサポートしたりすることもできます。
その他にも、カウンセリングにつなげる前に、まず窓口で「安心感」を持ってもらえるような対応を心がけること。長文のメールにも、形式的な返信ではなく、真摯な言葉で返すこと。
こうした小さな配慮の積み重ねが、制度の“温度”を上げ、支援を実際に「届くもの」に変えていくと信じています。
組織として、“気づける仕組み”をどうつくるか
個人の努力だけでは限界があります。だからこそ、大学という組織全体で「心が折れそうな学生」を早期にキャッチし、支援につなげるための仕組みが求められます。
出席や成績のデータを活用したモニタリング、複数の支援を一元的に扱う“ハブ窓口”の設置、ポータルを通じたストレスチェックや定期アンケートの実施など、学生の状態を可視化する試みはすでに各大学で始まりつつあります。
また、「気になる学生」についての教職員間の連携や、相談機関とのスムーズな導線づくり、職員向けの傾聴や初期対応スキル研修の導入なども、大学全体として支援の質を高める鍵になります。
制度の整備だけでなく、学生が声を上げやすい“空気”を育てること。これこそが、私たちが目指すべき「支援の文化」ではないでしょうか。
おわりに:誰かが、ここにいるという安心感
事務職員という立場でできることは、決して大きなことではないかもしれません。ですが、「ここで一人で抱えなくていい」と学生が思える場所をつくること──それは確かに、私たちの手でできることです。
心が折れそうになっている学生が、自分を責めてしまう前に立ち止まり、「誰かに頼ってもいいんだ」と思えるように。そのとき、そっと手を差し出す“誰か”が大学の中にいることを、伝え続けたいと思います。
大学は、学びの場であると同時に、「立ち直る場」でもあります。そして、私たち事務職員は、その大切な機能の一端を担っている。そう信じながら、これからも学生たちのそばに立ち続けたいと願っています。
以上、お読みいただきありがとうございました!